1978年生まれ、横浜市出身。
昼間はショールームのスタッフとして働くほか、得意なダンスを活かした活動もしている。以前は制作会社で働いたり、女優の付き人をしていたことも。今回が5回目の参加で、初期の段階からコモンビートの立ち上げに携わってきたメンバーの一人でもある。コモンビートでは、公演プロデューサーを務めた事もあり、ダンス指導や衣装製作も行う「縁の下の力持ち」的存在。
―コモンビートに参加したきっかけは?
ピースボートの船内プログラムとして参加したのがきっかけです。苦手な英語も、好きなミュージカルを通してなら親しみが湧くかもしれないと思いました。
─何回も参加したくなるコモンビートの魅力って何ですか?
製作側にかかわっていたこともあり、実際の舞台だけではなく、それを作る過程でも「もっとやれる!もっとできる!」と挑戦できるところですね。毎回違うメンバーと出会えることや、コモンビートの活動自体が年々成長し続けていることにも魅力に感じています。
以前はもっと「作りたい」という気持ちが強く、力が入っていました。今はその力がだいぶ抜けて、自然体になっている気がします。
─もともと英語だったミュージカルを日本語にしたんですよね?
英語では日本人のお客様になかなか伝わりにくいということで、参加者有志による日本語化プロジェクトが発足し、日本語化が実現しました。もともと英語の作品なので、英語の歌詞はリズムとのバランスもいいし、愛着もあります。でも日本語で上演することで、より伝わりやすく、感情移入しやすくなりました。
─生活に占めるコモンビートの割合は?
気持ちは7:3のつもりですが、常にコモンビートのことを考えている自分がいて、実際には9.9:0.1くらいかもしれません。
─どんな舞台を作っていきたいですか?
どんなテーマの作品であっても、私の心に一番響くものは、力強さがあって、生きる力に溢れている舞台。コモンビートという作品はそういった「生きる力」を表現できる作品なので、エネルギーの溢れる舞台にしていきたいです。
─このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
誰でもキャストになる可能性を秘めているし、舞台で輝けると思うんです。だから、ぜひ公演を観に来て、「参加したい」と思って頂きたいです。
(取材:高島一則、竹村知紗)