
「人が、元気で明るい人の所に集まってくるのは万国共通」
「この公園は、私が大好きな場所。旅立つ前に一度来たかった!
雨の後の新緑って、水分をたっぷり吸い込んでますます元気で生き生きと見える」
新緑が輝く5月、雨混じりの代々木公園で村岡真梨さんは実に明るく楽しそうに話す。
彼女は間もなく洋上ミュージカル担当スタッフとして、NGOピースボートが企画する地球一周の船旅の第76回クルーズに乗り、3ヶ月かけて世界各国を巡る旅に出る。

「この公園は、私が大好きな場所。旅立つ前に一度来たかった!
雨の後の新緑って、水分をたっぷり吸い込んでますます元気で生き生きと見える」
新緑が輝く5月、雨混じりの代々木公園で村岡真梨さんは実に明るく楽しそうに話す。
彼女は間もなく洋上ミュージカル担当スタッフとして、NGOピースボートが企画する地球一周の船旅の第76回クルーズに乗り、3ヶ月かけて世界各国を巡る旅に出る。

2011年4月18日、栗原敬衣(のりい)さんは一児の母となった。それから一年が経ち、息子の鼓太郎(こたろう)くんは、元気にすくすくと成長している。
彼女はこの一年を振り返りながら、ゆっくりと語り始めた。

「夜、この公園でコモンビートの居残りスタッフミーティングをしたり、あの高架下では、よくミュージカルのダンスの自主練をした」
名古屋市栄、思い出深い場所を巡りながら、中川純里さんは懐かしそうに話す。

2012年4月8日に、パラカップ2012~世界の子ども達に贈るRUN~が開催される。この大会は、世界の子ども達や東日本大震災の被災地の方への支援を目的とした、チャリティーマラソン大会である。
今までもコモンビートはパラカップに『盛り上げ役』として参加していたが、
今回からは、共催団体としてこの大会に参加する。
去年に引き続きパラカップ2012のコモンビートリーダーを務めるのが、黒川大輔さんだ。
どこにでも顔を出し、彼の持ち前の親しみやすいキャラクターでその場を多いに盛り上げる。
一見『お調子者』にとれるが、意外にも彼の考えは緻密で深い。
彼は自分の想いを語り始める。

「夜中にこの道を、大きな荷物持って何度も歩いたなぁ」
新宿中央公園へと続く道を歩きながら田中江里華さんは懐かしそうに話す。
彼女は2011年コモンビートteam311プロジェクトスタッフだった。
新宿中央公園は、team311プロジェクトの一環として、2011年5月から8週連続で宮城県石巻市へのボランティアバスが出発した場所である。
東日本大震災から一年。
彼女は当時の想いを語り始める。

茨城県石岡市の自然豊かな地に東京から移住した清水さつきさんはこの日、夫の雅宏さんと一緒に家からほど近いやさと農場を訪れた。
やさと農場は、オーガニック野菜、豚肉や卵の生産の他、農体験や様々なイベントも開催している。『暮らしの実験室』をコンセプトに、"暮らしを自らの手でつくりだす場"を目指しているユニークな農場だ。
スタッフひとりひとりが楽しみながら生き生きと仕事をしているのが印象的である。
彼女は明るく大きな笑顔で、やさと農場との出会いについて語り始める。

noridan(ノリダン)は『遊びのプロ集団』である。『ノリ』とは、韓国語で『遊び』を意味する言葉。
noridanは韓国で2004年に誕生し、『芸術を通して遊びながら学ぶ』をコンセプトにした青少年向けのパフォーマンスやワークショップを提供している公共的文化企業だ。
そんなnoridanのパフォーマンスに魅せられ、現在『日本noridan青年準備チーム』のメンバーである小野寺啓子さんは、ゆっくりと穏やかな表情で語り始める。

2011年12月、片山貴世さんの2回目のライブが都内で行われた。
彼女が歌い出したとたん、伸びやかで透明感のある歌声は、時には優しく、時には力強い空気を放ち、観客をすっぽりと包み込む。
歌が上手い人は世の中にたくさんいるが、彼女の歌声はどうしてこうも聴く人の心にスーッと染み込んでくるのか...。

横浜市鶴見区の商店街に、歴史を感じさせるどっしりとした門構えの銭湯『清水湯』がある。
髙橋政臣さんは去年、三代目として清水湯を継いだ。清水湯は彼の祖父が始め、創業約60年となる。
「いつかは継ごうと思っていたけど、自分の中でその時期ははっきりしていなかった。
ちょうど結婚を迷っていた時...親父から『そろそろ銭湯を辞めたい』と連絡があって。
まだ継ぐイメージがついてなかったけど、とりあえず実家に帰ろうと思った」

「海士町(あまちょう)に友達が来てくれると、あぁ夏だったら良かったのに、晴れてたらもっと良かったのにって思ったりするけど、考えてみたら...冬でも雨降ってても、それって全部本当の海士町なんだよな」
2年前に、東京から島根県海士町に移住した豊田庄吾さんは空を見上げながら眩しそうに話す。
海士町は隠岐諸島の島前三島のひとつである、中の島に位置する。海と緑に囲まれた自然豊かな町だ。
彼は、人材育成会社で研修講師として働いた経験を生かし、海士町で町営の塾である隠岐國学習センターを立ち上げ、センター長を務めている。